小野田 勝謙(MASANORI ONODA)
(本名 小野田 勝)

1955年東京生まれ。

武蔵野美術大学大学院 彫刻科卒。

自由美術会員。日本美術連盟会員。

『K氏の立像』川崎市産業文化会館寄贈。

『躍動』川崎市産業婦人会館設置。

第32回川崎市美術展最優秀賞。

岐阜県各務原市内ニュータウン内5ケ所の公園に日本童話シリーズのブロンズ像を設置。

群馬県高山彦九郎像制作。

日本女子医大創設者 吉岡弥生像制作。

茨城県遠藤産婦人科医院長像制作。

岐阜県各務原市永田産婦人科医院に『Hope has a place』設置。

同医院に創設者レリーフ設置。

~その他、眼科医院、横浜市内美容院内など作品設置多数。

日本橋画廊、銀座アートホール、ギャラリーみその等に於いてグループ展多数。

2003年度自由美術賞受賞。(「EARTH」)

2003年3月銀座アートホールにて個展開催。

2004年文化庁主催 現代美術選抜展。(2005年巡回)


「小宇宙」を求めて

~'97自由美術発行小冊子より~


私は幼い頃から金属という物を、いつも身近に感じていたように思う。
 私の父はアルミや真鍮、銅などの工業鋳造をしていた。金属を溶かして型に流し込み、切って、削って、磨くという過程を幼い頃からいつも肌で感じ取っていた。
 今にして思えば、その頃から鋳造された金属の持つ存在感の強さ、線や面 のシャープな美しさ、そして暖かさや優しさに強く心引かれるようになったのだろう。
 金属の彫刻を創りたいと思い、美大に入った。しかし、そこに待っていたものはモデルさんを前にしての塑像の世界だった。
 塑像をやっていくうちに、その奥の深さ、素晴らしさが見えてきて次第にのめり込んで行った。
 毎日が感動の連続だった。しかし階段でいうと、十段先に頂上が見え、四苦八苦してやっと一段上るとさらに頂上が十五段先になっているという感じだった。
 その頃から、自然界の造り出す物の偉大さが少しずつわかるようになってきた。モデルさんに圧倒されそうになりながらも、自分で再構成して、塑像のなかにしっかりとした構築性を表す。過去の偉大な作品にはすべてそれがあるということも理解した。
 それからエジプト彫刻に惹かれるようになった。 地球の中心に引っ張られる重力と、中心から宇宙へ吹き上げられるエネルギーが丁度均衡した「小宇宙」。エジプト彫刻がその小宇宙を創りあげていることに感激した。
 自分の塑像の中にも、ほんの一瞬、小宇宙を垣間見たような気がしたこともあった。 そして自由美術に等身大の立像を出品するようになった。
 その後、縁があり自由美術の故・赤荻賢司さんの造型会社に就職することになった。赤荻さんの彫刻に対する考えを教えてもらい、金属彫刻制作の手伝いもさせてもらうようになった。それと同時に、身体の中にしまいっぱなしになっていた金属彫刻への思いが強くなっていった。塑像で垣間見た小宇宙を、金属で造り出してみたいという思いが沸き上がり、創り始めた。
 具象から抽象に変わる作家の多くは、その間に具象と抽象の入り混じった時期があるようだが、私の場合は180度の転換だった。しかし、私は別 に具象彫刻をやめてしまったわけではない。自分のやろうとしていることは、具象でも抽象でも同じだと考えている。
 アルミやステンレス等の金属の板を、直線や曲線で切った形を空間で組み上げてつなぐ。本来冷たいイメージの金属板を素材にして、しっかりとした構築性のもとに暖かさや優しさ、広がりを創造する。
  「小宇宙」を感じる一瞬を形の上に永遠に導き出せるように、今後も一層努力したい。